子育てと仕事と家事と…

3足のわらじを果敢に履きこなそうとする日々の記録

懇親会の夜

昨日は久しぶりの夜な夜な外出だった。夜にプライベートな用事ででかけないから、夜の大都会なんて!!!てだけでウッキウキ🐵だけど。昨晩は翻訳者の集まりでした。

翻訳者と集まるとき、決まってみなさんハイパー優秀なので、
ここに、私がいていいの?
という気持ちになる。でも、昨日は社長さんから
「この優秀なお三方とこれからも仕事させていただきたいのでよろしく」
と、3人に私が入れてもらえてて、恐縮。ほんとに全然優秀じゃない。勉強が足りん。

これからは「優秀」のくくりに入れていただいても恐縮しないくらい、
もっともーっと勉強に励もうと決意を新たにした夜でした。本当に楽しかった。

これから20~30年後にはback to the future 的未来がやってくる!みたいな話になり、
翻訳という仕事が機械にとってかわられないために、どんな仕事をしていけばいいのか?真剣に、でも楽しく考え議論しました。

いろんなことを機械がやってくれる時代は必ず来る。そんな中でも生き抜くためには?
私自身はもちろん、子どもの将来を案じる一親として無視できるはずのない課題。
やっぱりそこには「人間らしさ」が求められてくるんでしょうね。そこに不可欠なのは結局「コミュニケーション」なんだと思う。

あぁ。いい夜だった。

ほしい未来は「自分」でつくる

昨日このブログを書いていたのに、いざ公開!ってぽちっとしたけど、接続状況の影響で?悲しくも消えた( ;∀;)再投稿する気力も時間もなく、本日また書いてる。今度も消えたら…辛すぎ。

昨日書きたかったことは、今やってる栄養セミナーの準備と、そして石井ゆかりさんの星占い最新版を読んでみての感想!で、セミナーは今日中にスライドとか進行資料を先方に提出する予定で、準備が大変で楽しい。いろんな学びがある。ひよっこ管理栄養士のくせにお金いただいて、セミナーを(しかも単独で)させてもらえるなんて。最高に恵まれているとしか言えない。

石井ゆかりさんの本の話でいえば、2018年から3年間の占いまとめ本を読んだのだけど。私の、誰にも打ち明けてないはずの心に決めていた予定が文章化されているようで驚きぶっ飛びオッタマゲー!だったのでした。そっと背中を押してくれる。そんな1っ冊。

そして、昨日書きたかった事。石井ゆかりさんの後に読んだ娘の恐竜図鑑が面白すぎたこと。何億年も前に、この同じ地球に何万年も恐竜時代があったことを改めて知ったりして、わたしの100年足らずの人生なんて、鼻くそ以下!って思うと悩み事が帳消し。くだらないことで悩んでないで、なんでもとにかくやってみよう!って思いに至り、いろいろな勝手にできたストッパーがオールクリアになっちゃった出来事でした。私の人生なんてクソみたいにちっさくて、地球の歴史で考えたらほんの一瞬にも満たないくらいの時間。わずか、ともよべない時間を0.1秒たりとも無駄にできるはずがない。だって、今年もあと1か月足らずですよ?

最後に書きたかった事は、タイトルにあるほしい未来は「自分」でつくる、という気持ちに強くつながった(ついでに、このブログのタイトルに引用させてもらった)ホームページを書き残しておきたかった。

“お金”が流通する「経済社会」ではなく、“心”が流通する「循環社会」を。地域通貨「よろづ屋」がつくる、ほしい未来とは? | greenz.jp | ほしい未来は、つくろう。

↑すぐさまメルマガ登録!!しました。

このHPに行き着いた経緯は「家事を減らしたい」「洗濯もの減らしたい」「洗濯しなくなれば節水になり環境にも家計にも家事労働の負担にも優しい!!」⇩

洗わなくてもいい服、ある?

という思考展開からググってたら、greenz.jpに到着。
あぁ!なんて面白いのーーーーーーーー!ってあっという間に虜になって、そそくさメルマガも登録したし、ライターインターンもやりたい!やりたい!って前のめり。
知らないほどの罪はない。知らなかったじゃすまされない。知りに行くんだ!面白いことって、世の中たくさんたくさんありますね。無知です私。

今日、書いておきたいこと。

今週はいつもやってる翻訳の依頼がない!Σ(゚д゚lll)ガーン?または(*ノωノ)happy?
どちらでもあるんだけど。どちらにも感情を奪われずに、
空いた時間を有効につかおう、と思ってとにかく手帳に第2領域
事項を書きまくりました。
(7つの習慣:緊急度の低い重要なこと)

でるわでるわで22項目!細分化するとさらに40項目にまで。
毎日仕事に追われてるだけじゃ、だめですわ。

そんな感じで、第2領域に積極的着手ー!

 

 

 

愛することは難しい

ブログを書きたいと思いながら随分と日が経った。

書いておきたかった事がちょっとぼんやりしてきちゃったけど、、、気持ちを思い出しながら書いておきたい。

10代後半から20代前半にかけて、とっても遊んでばかり、親に心配かけてばかりの時期だったと思う。ライブハウスへ夜な夜な出かけては帰宅しない、彼氏のバイクに乗りドライブ、その影響でバイクの免許を取り1時間半かけて大学までバイク通い。ホッケーを始める。毎晩遅くまで練習三昧。20歳になった時に家を出て、同棲スタート。成人を記念して初めての海外旅行はインドへ2週間。そして22歳で病気になり入院。ちーん。

本当に自分のやりたいようにやってきた。病気になったことで、こういう自分の自分勝手な行いがSLEという病気を招いたし、死にかけたし、周りにすごく心配をかけたと思ってきた。だから自分の過去について、楽しかったけど迷惑かけて親に心配かけて申し訳なかったぁ…と思い続けていた。

そして、結婚して人の親になりさらに「心配かけて悪かったな」と思うことが多かった。親からも子育てについても「だから言ったのに…」みたいな予言的アドバイス?ばかりで、だんだんと親の言う通り、親の肯定的意見がないと前向きに始められない、自分が少しずつ形成されていたきがする。

だから、親が悪い!という話にしたいわけではなくて、すべてのことは「意味があること」だったんだと、今思っていることを書いておきたい。そして、親という存在、特に母親は子どもにとって計り知れない影響力を持っていることが多い。だから、私自身が親として子どもを自分の心配心から縛るような親にはなりたくない、と強く思っている。どの親も、きっと愛しているかたこそ、そうなりがちだと思うから。

子どもができないことには手をかす、お金も出す、時間も可能な限り出し惜しまない、とは思っているけど、そのことと自分の自分の心配、自分の欲求をごちゃまぜにして子どもを束縛しない、と心に強く誓いたい。

なぜなら、私の母親はそういう今でもそういう母親で、心配かけてきた私が悪いと思ってきたから。

でもたぶんそれは違う。

心配をかけてもそれは悪くない(心情的には理解できるけど)。心配かけるようなことするなよ、という制限をかけると子どもはきっとその枠の中でしか大きくなれない、なろうとしないかもしれない。心配かけたくて、興味のままに進んでいるわけじゃない。母を困らせたくて、その選択をしているんじゃない。そのときは、そうしたかった、ただそれだけだ。バイクに乗ると、事故にあうリスクが高まる。深夜遊びは悪い人に絡まれるリスクが高まる。やっぱり私も親だから、リスクを下げたい一心はよーくよーく分かるんだけど。私自身には、そういう縛りを子どもにしないように肝に銘じたい。

親に心配してほしくて子どもが危険を選択するのは、愛情が不足していることが多い。
心配かけたいわけじゃないけど、やりたいことを自ら選び取って生きていくのは自律している証拠ではないのか?だから、危険性を知らせることはしても、その選択を否定することはしない。しかも影響力ある母親が「危ないからやめて」といえば母親を大好きな子どもは「母を悲しませたくない」となりかもしれない。でもこれは母親のエゴでしかない。

つい先日、Youtubeで10代のときに知り合った友達がバンドで有名になっている人たちの動画を観た。変わらない、当時と何も変わらないなぁ~って感じ。ただひたむきに、やりたいからやりたい音楽やってる、っていう潔さ。ついてきたいやつ、ついてこいみたいな媚びない姿勢。懐かしさと、Youtubeに知ってる人たちの動画がバシバシあるってことに不思議な感じを受けながら、すごく元気がでてきた。

好きなこと、好きなように、思いっきりやっていくとこうなるんだな。って育児の教えにも使えそうな教訓。私はどうだろう?好きなこと、好きなように、思いっきりやってるだろうか。

先日、地元で買い物中に10代の頃にすごくお世話になった、当時付き合っていた人で将来を誓い合った相手のお母さんにばったり会った。偶然。2年前、私が第2子を妊娠中にもばったり会って、そして今回会ったとき、付き合ってた相手がいよいよ結婚して子供をもうけたという報告を受けた。幸せになったんだ、と知って嬉しくてうれしくて、不思議な気持ちが続いてる。私から別れを切り出して、もう一生会えないと言われて友達に戻ることはなかったけど。幸せな日々を送っていることが嬉しかった。そして、相手のお母さんが一言「何一つ無駄なことはないってことだよね、本当に。」と話してくれた。それを聞いたとき、今までは自分の過去なんて親に心配ばかりかてろくでもなかった、と感じてきたけど。あの頃はあの頃で精一杯いきてきたんだったなぁ、と思い出してすごく救われた気持ちになった。

自分の過去を否定的な気持ちで思う必要なんて、全然なかった。

だって、過去がないと今はなくて、今の幸せな日々は過去の時間があってこそだから。
親を責めたいという思いではなくて…「心配」という正当っぽい言葉で、わたしは子どもを縛り付けないようにしようという教訓を得た。反面教師ともいうのかもね。

自分の過去を肯定できたとき、未来に向かって生きる活力がより一層湧いたように感じた。それと同時に、母親の影響力って恐ろしいから、その事実を心しておこうと思い改めた。子どもには自由に、自分の意思を、考えを、心を信じて生きてほしいし、親がエゴでそれを摘み取るのは最悪。

でもね、心配する気持ちはやっぱりよくわかる。親だもの。愛する子になにかあったら、取返しが付かないことになったら、、、でもその心も、自己愛かもしれない。本当に愛するということは難しい。崖から突き落とすほうが、愛かもしれない。

 

 

いかにして生きるのか

命あるもの、いつかは必ず死ぬ。誰しもが死に向かって、毎日を生きている。でももしかしたら、その日はある日突然、何の前触れもなくやってくるかもしれないし、それがいつなのか誰も知らない。

22歳の時に「あと2、3日がやまです」と言われた日から約14年。おかげさまで、毎日元気です。持病とは上手に仲良くできている。でも死にかけるほど悪化したのに、その後1度も悪くなったことがない。これまで2度の出産があったのに、だ。ありがたいという言葉じゃあ足りない。

命が終わらなかっただけでなく、そのあとの回復も素晴らしかったそうだ(家族から聞いた話で記憶なし)。人生が終わりかけてる病院のベッドの上で強く思ってたことは「まだ死ねない。絶対死ねない。死ぬわけにいかない。」ということばかり。22歳っていう、若さ全開で何やってもハッピー!みたいな?時期を病院で過ごし、退院後も1年は自宅療養とリハビリ生活だった。もう14年近く前なんだな。驚き。

先月36歳になり、アラフォーかぁ…と先の人生に思いを巡らせあれこれ考えていたけど。日本人女性の平均寿命は86歳、健康寿命は74歳くらい。かりに平均寿命まで生きたとして残り半分の人生で、健康寿命を考えると40年くらいしかない!!!!みたいな気持ちになっています。事あるごとに。

死にかけた後、私の人生は大きく大きく変化した。生きることにすごく貪欲になり、仕事でもプライベートでも120%全力で生きていた。病期を支えてくれた母からはいつも「そんなに生き急ぐな。また死にかけるよ。命を大事にして。」と何度となく言われてきたけど、120%全力で生きることの、どこが「命を大事にしていない」のかわからない。まぁ、それくらい心配かけてしまったことは十分理解しているつもりだけど。

『人生一度きり』って本当だな、ほんとに人は死ぬんだな、と生死をさまよう経験で実感したから、のんびりなんてしちゃいられないー!っていつも心がいってます。

いかに時間をつかうのか?

それが私の中心テーマになっている。この人生を生き抜きたい。やりきった!という思いで最期を迎えたい。そんなことを思うくせに、くだらないことで悩んだりもする。人生はやっぱりくだらないのかもしれない。全てはただの暇つぶしなのかもしれない。たとえそうでも、生きているうちにしたいことは増えるばかりで。

会いたい人、行きたい場所、食べたいもの、たくさんたくさんある。
夫と子どもたちと出会ってからは、with themって感じでやりたいことはうなぎのぼりに増加中。だから、いつもやりたいことリストがめーいっぱい埋まってて。いつでも必ず自分にきく。

その時間は有効か?

生きてる時間は有限。これって忘れがちだけど、どんなことも何一つ永遠じゃないのよねー。だからいつも「〇〇を▲▲までにやる」といった期限付き目標が手帳にリストアップされてる。こんな生き方をしてると「バイタリティがあるね」「エネルギッシュだね」とかなにかと「頑張ってる人」分類されるけど。ぼーっとしてるのが苦手なだけなのだ。ゆるゆるのんびり生きていけない症。

それでも子どもたちが大学に進学したら、夫と2人で軽井沢へ移住すると決めています。のんびりを求めて、というよりは緑に囲まれて、やりたいように仕事をすること、生きたいようにいきることをもっとしたいから。18歳過ぎたら家を出し、それぞれ一人暮らしをしてもらうこと、は夫が決めていること。そう思うと、子どもたちと過ごせる時間なんて、育児させてもらえる時間なんて、あと15年もないなと思うと毎日が宝物。

やっぱり時間だ。時は金なり。

 

明日死ぬかのように生きよ。

永遠に生きるかのように学べ。

ガンジーも言っている。

夫婦は違う生き物

夫よ。心が狭い奴、ヒトへの感謝を忘れるやつは出世しないぞ!
と心を込めて伝えました。金は天下のまわりもの、という言葉を知らないのか?
結局、ちゃんと和解しましたが昨日は夫婦喧嘩から始まったいやーな朝でした。

きっかけなんて、取るに足らないことです。喧嘩なんて、そんなもんだよね。

夫婦生活5年目にもなると相手へのこと、結構わかってくるし、直らない?直さない?ことはあるんだな、ってあきらめ時も少しずつ分かるようになってくる。でも、子育てより夫の世話のほうが手を焼くなんて!ばかばかしい。

どうしてこうも、夫は伝えたことをすぐに忘れるのか?すぐに忘れて、結果的にやらないなら「わかった」って言わないで。「やらない」と言ってくれ。なのに「わかったよ」とその時は答えるから、分かってくれたんだなと思っちゃう。でもすぐやらないから忘れる。結果できてない。

こんなやつ、会社でちゃんと仕事で来てるの?と不安になったこともあるけど、業績は良いようで、本社に栄転しただけでなく、表彰されるレベル。家でダラダラ、ゆるゆる、テキトー夫を叱るのは、心のせまーい妻だろうか。

でも、妻だって収入も労働時間も負けてない。さらに、育児を全面引き受け(否応なくママの仕事は多い)、そして家事だって夫の担当は食器洗いとゴミ捨てオンリー。そりゃ、頼めばなんだって快く引き受けてくれる夫で頼もしいし助かることは助かるけどね。食器洗いのレベルが低い。もちろん、そんな指摘はいちいちしない。

5年前、衝撃的な出会いの後、大恋愛?の末、結婚の夫婦ではあるけども。どーにもこーにも変化?進化?しない夫。この夫は世の男性の一般ですか?

私たち、喧嘩が始まると徹底的に理論をぶつけ合うので、かわいげもない。ちゃんと理解するとまで徹底して話し合って、今のところ和解できてる。いつか和解できない日がくるのだろうか。

意見や考えが違うのは当然。そういう違う人たちだから、分かりあう努力が必要だよね。違いを認め、受け入れたり受け入れてもらったり。究極の人間関係学習が「夫婦」かもしれない。

人間関係を学ぶ映画

先日、久々に映画館でアウトレイジ最終章を夫と観てきた!!!キタ――(゚∀゚)――!!
いやぁ、身震いブルブル。面白かった。北野武、凄いなぁ…ってまた思ったのでした。
銃撃シーンが少なめで、ストーリー重視のつくりだったけど、おおともさん

かっこいい!ピエール瀧、いいねー!って言わずにいられないおどおど感でした。

映画ですっきりした後は、夫と中華。他人を信じるということはどういうことか、ワンオペ育児をどう乗り越えたいか、やっぱ器の問題か?いろいろ一生懸命話してたんだけど、中華に夢中な夫。「考えすぎ。ヤクザの世界は利害関係だけど、ママたちの世界もそうなの?」みたいな。口数すくないけど、やたら的を射たようなことを言う人。もっとgive and take精神でいいじゃないか、と。giveしまくれ、と。

もっと育児を楽しく、楽にするためには不在な夫にあれこれ要求するという不毛なことしないで、使える手段や選択肢を最大限に使うってことなんだろうな。そのためにも、日頃の人付き合いが結局大事で。生きている以上、人付き合い無視しては生きてけないし、面倒だけどやっぱ人付き合いがすべて、って気がする。

「フルタイムで会社勤めするより、フリーランスになって子どもとの時間を大事にしたいって思ってんでしょう?」と、夫に指摘受け、そーのーとーり!と思い出し、そのために早朝から活動してるんだった、って我に返る。なのに「夜くらい休ませてくれ」って子どもたちに感じていたのは、なんなんだ。。

育児は結果がでるのが遅い長期戦。気長に、楽しく人を巻き込んだほうが、きっと子も良く育つはず。

おっちょこちょい事件

『ワンオペなんて怖くない♪』と自分を励ます今週末。月2-3回は夫が地方出張で自宅にいないので、本日もワンオペ。思わずため息でちゃう日も、力んでシャウトしちゃうような日だってあるのですが、「育児ツライ・・・」と思い続けて生きることは本当にツライので、、、これはゲームだ!となんとか発想転換できないかな?と試行錯誤の日々です。

昨日は納期に追われている飛び込みの大型翻訳案件1件を抱えているが、他の業務も忙しい、講義資料も送らなきゃ…なスペシャルビジーデー。お仕事を頂けるのはフリーランスの身、ハッピーこの上ないのですが。いろいろ重なるとき、ほんとツライ。でも辛すぎてちょっとワーキングハイ↗にもなる。昨日はまさに、そんな日でした。

忙しいのに、会社にWi-Fi忘れて取りに帰る、、、という大ドジしちゃって1時間半のタイムロス。あ、でもお昼寝とかしちゃう前に、帰宅後すぐにその事態に気づいたことは不幸中の幸い。で、タクシーに飛び乗ったのだけど運悪く運転手が道にとことん疎い!爆 目的地告げるなり、カーナビいじるな!!!しかも、操作てこづってるメカ音痴!!!爆 50メートル進んだあたりで、あきらめ電車移動へ。

わたしの身近にいるスーパーおっちょこちょいさんのことを思い浮かべながら「これが日常茶飯事の人は、楽しめる能力高そう。」と少しでも自分の気持ちをポジティブにもってこう、って必死。

会社最寄り駅につき、タクシーライドオンした。ふーやれやれ。。。と一息ついたら、そのタクシーの窓ガラス「カード払いお断り」の文字。この日は3千円くらいしか財布に入っておらず、会社前にタクシー待たせといてそのまま帰宅コースをあきらめる。で、ノーマルコースで帰宅。はい、1時間半ロス決定✨

帰宅中、いかにポジティブに!ってことで頭いっぱいになってたら、なななんと!来週の講義が台風で休講のお!し!ら!せ!キタ――(゚∀゚)――!!
なわけで、講義資料の締めきり延びた。帰宅後はすぐさま翻訳に集中!!!!!

3時間くらい作業しまくって、なんとか納品。

なぜ、こんなに仕事に追われたのか?今回は飛び込み案件を受けた(大量短納期案件)のだけど、量が多すぎで・・・さらには専門外で・・・という。身の程知らずが招いた事態ですね。

毎日がこんな風ではないけど、綱渡りのような日々であることは間違いない。さすがに昨日はその綱から落ちるかな?とヒヤリしたけど、何とか切り抜けられてきちゃうので懲りてないあほ。講義の締切延長にホットしたのもつかの間。新しい翻訳依頼が大量すぎて…嬉しさ半面悩ましい休みなし。これが私の日常か。

16時以降は育児・家事なので、仕事はできず。早起きの毎日です。でも仕事を下さる方がいる。もっともっと勉強せなあかん!!!(こくばる口調)こんな私に仕事を下さる方がいる。やっぱり、考え方を変えてかないと身が持ちません。だって、ワンオペだもの。。不公平感を感じたまま生きていきたくない。それに、夫もきっと頑張ってるはず。。

いろいろあるけど「まぁ。いっか。」で済ませたい。